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愛情なのかタダの情なのかが分からなくなったら潮時かも

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人を愛するというのは素晴らしいこと

人を好きになることを止めることはできません。愛することはそもそも素晴らしいことですし、あとは社会的な常識や倫理観の中で、関係性を良い方向へ持っていくしかありません。昨今、芸能人のスキャンダルなどで、不倫問題が取り上げられています。無責任なコメンテーターがあれやこれやと批判をしたり、もっともらしいことを語ったりしていますが、不倫は別に犯罪ではないわけです。好きになるまでの過程に様々な事情もあることでしょう。大切なのはお互いがその愛を育むことで幸せになれるのかどうかという点です。よって、メディアがいくら不倫に対して騒いでいたとしても、決して後ろめたさを感じながら生きる必要はありません。たしかに相手がもし離婚に踏み切った場合は、不倫関係の中における不貞行為などが慰謝料に影響する場合があります。そういう意味では冷静な判断と、客観的な目を持つことは必要ですが、お互いの愛情が持ちつ持たれつの関係で日常に役立っているのであれば、それは素敵なことです。ただし、人間関係において厄介なのは、移り変わる他人の心を正確に読むことは絶対にできないという点です。不倫関係は時に激しい憎しみを生むこともあるので、情の見極めが大切です。

愛が哀れみに変わるとき

不倫における愛情には様々な種類が存在します。相手を生涯のパートナーとしてなんとか自分のものにしたいと考える場合と、ちょっとした遊び心の場合もあるでしょう。本気で相手との結婚を考えていない場合の不倫には、遺恨の残らない形で終わらせるために、関係性の潮時を見極める必要があります。分かりやすいサインは、感情に愛が感じられなくなったときです。お互いの好きという気持ちが盛り上がっていたときは、常に相手の気持ちを考え、自分のことよりも優先させてきたはずです。ところが、不倫関係潮時に近づくと、ある時点からその行為が冷めたように感じられるときがあります。優先させる態度に変化がなかったとしても、それが愛ではなく、単純に優しさや哀れみである場合があります。不倫というのは常に対等な関係でいられるわけではありません。相手には本命のパートナーがいるわけで、孤独や寂しさということに関しては余裕を持っている場合があります。よって、不倫相手である方の存在を、哀れみを持って見るようになることがあるわけです。こうなると関係性は悪化していきます。しつこく愛情を取り戻そうとすると、嫉妬がますます大きくなって、泥沼化していく可能性があります。情から愛が抜けたときは、潮時とあきらめる方が賢明かもしれません。

再び愛を取り戻すためには

言葉はいつも正直なわけではありません。相手の男性が本命の奥さんと別れるといっていたとしても、それは不倫関係を長引かせるための口実であるかもしれません。好きという気持ちが強かった場合は、ついつい本当の気持ちを探ろうとしてしまいます。しかしながら、不倫にはあらゆることに関して秘密にしなければならない事情があることも忘れてはいけません。もしも潮時を感じられたとしても、より良い関係性を築く可能性が残っているとしたら、あえて距離を置くという手段もあります。相手にはめんどうなことに巻き込みたくないという考えがあるかもしれません。
不倫相手となっている方が、男性を別れさせようとする場合は、自分が本命になるまで極力都合の良い女になることです。言葉の意味合い的にはネガティブにとられることもありますが、男性にとっては都合の良さこそが、冷めた気持ちに再び火をつけるきっかけになることがあります。
愛に犠牲はつきものです。自分の気持ちをぐっとこらえてこそ、相手からの真の愛情を勝ち取ることができる場合があります。潮時を感じたときは何かを変えなければ、関係性はそのまま終焉に向かってしまいます。まずは自分自身が相手に対し、本当の愛情を持つことが大切です。

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